競業避止義務について弁護士が分かりやすく解説

1 はじめに

従業員が同種の事業を始めたり、同業他社に就職した場合、自社の顧客やノウハウが奪われてしまうおそれがあります。

そのため、従業員に対して自社と同種の事業を行うことを禁止できるのか、あるいは同業他社への就職を禁止できるのか、といった多くのご相談を受けています。

今回は、このような競業避止義務に関して、在職中と退職後に分けて、弁護士が解説します。

2 在職中の競業避止義務

(1)根拠

在職中の従業員及び取締役は、誠実義務(労働契約法3条4項)や忠実義務(会社法355条)に基づき、会社に対して競業避止義務を負っています。

上記法令以外にも、就業規則で個別に競業禁止規定が設けられているケースもあるでしょう。

(2)引き抜き行為について

違法性の判断

在職中、競業避止義務を負っているとしても、個人には憲法上「職業選択の自由」も保障されています。

そのため、単なる勧誘にとどまっているような、同業他社への引き抜き行為は違法とはなりません。

違法となるのは、企業に移籍を隠し、大量に従業員を引き抜くなど、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超えて、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱したといえるケースに限られます。

引き抜き行為が社会的相当性を逸脱しているかどうかの判断では、引き抜かれた従業員の地位、引き抜かれた人数、従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、引き抜きの際の勧誘方法、態様等諸般の事情が考慮されます。

具体的な事例

・日本コンベンションサービス事件(大阪高裁平成10年5月29日)

在職中から、他の従業員に対して自身が設立する同種業務を営む新会社へ移るよう積極的に勧誘し、その結果、従業員40名が退職して2つの支社が閉鎖されたという事案。

懲戒解雇は有効とされ、中心人物2名への損害賠償も認められました。

一方で、懲戒解雇された場合に退職金を不支給又は減額するとする就業規則の改正は、周知が未了であるとして(仮に周知されていても労働条件の不利益変更として)認められませんでした。

・フレックスジャパン・アドバンテック事件(大阪地裁平成14年9月11日)

ある営業所の幹部2名が、競業他社への内定を秘して突然退職届を提出し、派遣スタッフに虚偽の情報を伝えたり金銭を供与するなどして引き抜きを行い、結果、幹部2名の退職後2日後には派遣スタッフ182名のうち80名が一斉に退職して翌日Y社に入社したという事案。

幹部2名について、単なる転職の勧誘に留まらず、社会的相当性を著しく逸脱した引き抜き行為であり、従業員としての誠実義務に反するばかりか、元従業員としても社会的相当性を逸脱しているとして、損害賠償請求が認められました。

3 退職後の競業避止義務

(1)競業避止義務の定めがない場合

考え方

退職した従業員や取締役には、前述した法令による誠実義務や忠実義務はありません。

したがって、退職後は、基本的に競業避止義務もありません。

ただし、元従業員等の競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で行われる場合は、不法行為を構成することがあります。

具体的な事例

・フレックス・アドバンテック事件(大阪地裁平成14年9月11日)

上でも取り上げた事件ですが、幹部2名について、単なる転職の勧誘に留まらず、社会的相当性を著しく逸脱した引き抜き行為であり、従業員としての誠実義務に反するばかりか、元従業員としても社会的相当性を逸脱しているとして、損害賠償請求が認められました。

・サクセス事件(最高裁平成22年3月25日)

営業担当と現場担当の2名が、退職後に同種事業を営むことを計画し、資金準備後に相次いで退職して事業を立ち上げ、退職前の取引先各社から仕事を受注するようになったという事案。

元勤務先が積極的な営業活動を展開しておらず、特に上記取引先のうち遠方のA社からの受注に消極的であったことや、元従業員側が営業秘密を用いたり、会社の信用を貶めたりするなどの不当な方法で営業活動を行った事実が認められないことから、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものではないと判断しました。

不正競争防止法

(ア)退職後の競業避止義務について定めがない場合であっても、不正競争防止法違反を問えることがあります。

不正競争防止法は、営業秘密保有者から、その営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し又は開示する行為(不競法2条1項7号)などを、不正競争行為として規制しています。

(イ)法的保護の対象となる「営業秘密」とは、①秘密として管理されている(秘密管理性)②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって(有用性)、③公然と知られていないもの(非公知性)をいいます(不競法2条6項)。

「秘密管理性」が認められるためには、一般に、営業秘密の保有者が営業秘密の対象となる情報に対するアクセスを制限していること及びアクセスを許す場合にもアクセスした者にそれが秘密であることが認識できるような手段を講じていることが必要となります。

例えば、顧客情報がコンピュータに保管されている場合は、アクセス権限者を限定しているか、IDとパスワードを設定しているか、ID・パスワードが適切に管理されているかという点が重要となり、紙媒体の場合は、誰でも見られるのか、権限者の許可が必要なのか、「社外秘」「持ち出し禁止」などの記載があるかという点が問題となります。また共通して、複製物回収、廃棄の実態、秘密保持に関する誓約書、注意喚起の有無が重要となるでしょう。

(ウ)不正競争行為については、差し止め請求、損害に関する立証責任の軽減、特別の文書提出命令、損害計算のための鑑定、相当な損害額の認定などが定められており、企業の権利保護が図られています。

(2)競業避止義務の定めがある場合

考え方

雇用契約や誓約書により、競業避止義務を別途定めていたとしても、常にその定めが有効であるとは限りません。

職業選択の自由や営業の自由を過大に制限するような定めは無効と判断されてしまいます。

有効性の判断は、主に、①労働者の自由な意思に基づくものか否か、②その規定が必要かつ合理的な範囲か否かによって行われます。

そして、必要かつ合理的な範囲か否かの判断にあたっては、競業避止義務の目的・必要性、労働者の退職前の地位・業務、競業が禁止される業務の範囲・期間・地域、代償措置の有無、などが総合的に考慮されます。

具体的な事例

・レジェンド元従業員事件(福岡高裁令和2年11月11日)

保険代理店業を営む会社における「退職後、同業他社に就職した場合又は同業他社を起業した場合、原告会社の顧客に対して営業活動をしたり、原告会社の取引を代替したりしないことを約束します。但し、個人情報、機密保持とも期限を定めないものとします。」と定められた秘密保持誓約書の有効性が問題となった事案です。

保険代理店業において顧客を維持する利益は一定の保護に値するものの、元従業員は、もともと個人事業として保険代理店業を経営し、その時期に自ら獲得した多数の既存顧客を原告会社に移管していたことから、当該既存顧客への営業活動を一切行わない義務を負うとするのは元従業員側の不利益が極めて大きい一方、退職金や代償措置がないことから、少なくとも、既存顧客から引き合いを受けて行った営業活動であって、元従業員から連絡をとって勧誘していないものは、競業避止義務の対象外であると判断されました。

なお、同事件の第一審では、退職後2か月に限定して競業避止義務の定めを有効とする旨の判断がされています。

・日本コンベンションサービス事件(大阪地裁平成8年12月25日)

「退職後2年間、会社の業務地域において、その従業員が担当した業務について、会社と競合して営業を営むことができない」という就業規則の規定が問題となった事案です。

コンベンション業務は、従業員と取引先との個人的信頼関係により継続的な受注を得るという特質があり、そのような個人的関係は従業員が個人として獲得したものであり営業秘密ではない。また、従業員の退職が受注に大きな影響を与えるとしても、それはコンベンション事業を営んでいることに起因するのであるから、会社側は各種手当等の十分な代償措置を採った上、転出等を防止する万全の措置を講じておくか、そのような措置を採らないのであればこれを受忍すべきである。として、退職した元従業員に対して、上記規定は適用されないと判断しました。

4 企業が取るべき対策

このように、自社の顧客やノウハウの流出を可能な限り防止するためには、競業避止義務の定めや秘密情報の管理厳格化といった事前の対策が必須です。

ただ、具体的にどのような対策を行うべきか、それは企業の事業内容や従業員の地位・仕事内容等によって様々であり、適切な対策を実施するには専門的な知識が必要不可欠といえるでしょう。

玉藻総合法律事務所では、今回ご説明した競業避止義務をはじめ、使用者側の労働問題全般のご相談を常時受け付けております。

もちろん、事前の対策だけでなく、トラブル発生後の対応についてもご相談をお受けしておりますので、お気軽にご相談ください。

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石垣紀彦 

香川県弁護士会所属。景品表示表示法やインターネット上の誹謗中傷・風評被害、労働問題(使用者・経営者)、損害賠償問題全般などの分野に積極的に取り組む。削除や発信者情報開示、未払い賃金請求の対応など幅広い分野での経験と実績を有する。

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