固定残業代導入の注意点
Contents
1 固定残業代とは何か
固定残業代とは、残業代の計算の簡略化、人件費の固定化、従業員の手取り総額の増加などを目的として、一定の手当または基本給の一部を、通常の労働時間に対する賃金ではなく、残業代として支払うという当事者間の合意を指します。
固定残業代は、残業代を定額で支払うという点で、通常の残業代とは異なります。通常の残業代は、労働時間に応じて支払われるのに対し、固定残業代は、実際に残業時間が少なくても、一定額が支払われます。
2 固定残業代が無効と判断された場合の危険性
もっとも、近時、固定残業代を支払っており、未払残業代は無いはずなのに、固定残業代は無効であるとして、残業代の請求を受けるトラブルが多発しています。
もし固定残業代が無効と判断された場合、固定残業代としての支払いは、残業代の弁済とはみなされないだけでなく、基礎賃金に加算されることになり、むしろ未払残業代が増える結果になってしまいます。
3 固定残業代の有効要件
判例上、固定残業代の有効要件としては、①対価性要件と、②判別要件が挙げられています。
① 対価性要件: 固定残業代が、時間外労働に対する対価として支払われるものであること。
具体的には、以下のような事情が考慮されます。
・契約書や就業規則の記載: 問題となる手当が時間外労働等に対する対価として支払われる旨が明記されているか。
・手当の名称: 例えば、「残業手当」や「固定残業手当」のように、名称から時間外労働に対する対価であることが明確であるか。
・使用者の説明: 使用者から労働者に対して、手当や割増賃金に関する説明がなされているか。
・実際の労働時間: 固定残業代として支払われる金額が、実際の労働時間と大きく乖離していないか。
・賃金体系全体における位置づけ: 当該手当が、賃金体系の中でどのような位置づけにあるか、また、固定残業代を設けた合理的な理由があるか。
・最低賃金との関係: 固定残業代を除いた賃金が最低賃金を下回らないか。
・算定方法: 固定残業代の算出方法が時間外労働等に対する対価として合理的な方法で算出されているか。
② 判別要件: 固定残業代が基本給と明確に区別されていること。
具体的には、以下のような要素が考慮されます。
・組込型:基本給に固定残業代が含まれている場合、基本給のうち、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、割増賃金に当たる部分が明確に区別されている必要があります。
・手当型: 一定の手当が残業代として支払われる場合、その手当が、時間外労働等の対価として支払われていることが明確であり、通常の労働時間に対する賃金と区別できる必要があります。
4 固定残業代制度導入の注意点
固定残業代制度を導入する際には、以下の点に注意してください。
① 契約書や就業規則の整備
契約書や就業規則に、固定残業代に関する以下の事項を明確に記載する必要があります。
・固定残業代が時間外労働等に対する対価であること。
・固定残業代の金額、または計算方法。
② 固定残業代が、基礎賃金から明確に区別されていること
営業手当や管理職手当につき、「固定残業代を含む。」などと定める就業規則がありますが、手当のうちいくらが固定残業代なのか区別されていないと判断されます。
③ 手当の名称
「残業手当」や「固定残業手当」など、時間外労働に対する対価であることが明確な名称を用いることが望ましいです。
④ 固定残業代の内訳を明確に記載すること
たとえば、残業手当、深夜手当、休日手当など、どの種類の割増賃金に対するものかを明示する必要があります。
⑤ 算定方法
固定残業代の算定方法が、時間外労働等に対する対価として合理的な方法で算出されている必要があります。
⑥ 労働時間との関連性
固定残業代の金額と、実際の労働時間との間に著しい乖離がないように注意する必要があります。固定残業代が、実際の労働時間に見合わないほど高額である場合や、想定される労働時間数が過度に長い場合は、対価性が否定される可能性があります。
⑦ 最低賃金の確保
固定残業代を除いた賃金が最低賃金を下回らないように注意する必要があります。
⑧ 労働時間管理
固定残業代を導入した場合でも、労働時間を正確に把握し、管理する必要があります。固定残業代を超過する時間外労働が発生した場合には、超過分の残業代を支払う義務があります。
⑨ 不利益変更の禁止への配慮
既存の賃金体系を変更して固定残業代制度を導入する場合は、労働条件の不利益変更にならないように注意する必要があります。不利益変更を行う場合は、労働者の同意を得る必要があり、同意を得ずに不利益変更を行った場合、その変更は無効となる可能性があります。
⑩ 説明義務
労働者に対して、固定残業代制度の内容や仕組みを十分に説明する必要があります。
せっかく固定残業代を支払っても、以上に述べた要件を満たさず無効と判断された場合には、残業代の弁済とはみなされないだけでなく、基礎賃金に加算されることになり、むしろ残業代の額は増えてしまい、従業員から残業代の請求を受ける可能性があります。
固定残業代制度を導入する際には、企業側労務問題に詳しい弁護士に相談し、適切な制度設計を行うことが重要です。
当事務所では、中小企業の経営者が安心して制度を運用できるよう、制度設計から運用まで一貫したサポートを提供しています。固定残業代を含め、賃金制度の見直しをご検討の場合は、是非、当事務所にご相談ください。
藤本 尊載
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